あるがまま~徒然日記~

思索的な悩み、抽象的な想いなどを文で表す為に始めました。

ぼんやりとした不安。

「ぼんやりとした不安」

この言葉は芥川龍之介の自殺の動機として聞いたことがある。私は彼の作品や生涯について詳しくないのであまり口を開けないが、この「ぼんやりとした不安」については本やネットで知り、興味を抱いたのである。

私は中学生くらいの頃から学校に馴染めなくなり体調を崩したのであるが結果的に病気を発症してしまった。
何とか高校を出たのだが頭が回らない、もやもやした感じ、とにかく疲れやすく卒業後、軽仕事をしながら病状の回復を求めた。

診断が診断なので、家族も重く受け止めていただろうし、僕自身限界を感じていて死のうと考えたり、入院したり、自分が結局「何がしたいのか」そんなものは見えなかった。

親は勤勉に働いてたし、病気になったこと等から急いで働くことをすすめられなかったと思う。

両親の支援があって何だかんだ生活はさせてもらってるがさて、これから自分はどうしていくべきか、或いはどうしたいか、それが見えてこないのだが、何とか自立したい願望は肥やしている。

今は親元を離れているが、兎も角自分の芯を持って流されずに生きようと思っている。

それで芥川の「ぼんやりした不安」というのは確かに自分にもありそうだな、と思った訳である。
勝手な推察だが将来へとかよりもっともっと漠然とした不安だったのではないだろうか、と思う。
「ぼんやり」この表現が何とも怖いのだ。
自分はあれこれ考えてはいるが結局ぼんやりとか、もやもやとか凄く曖昧な悩みを抱えている。

至った結論は自己本位になる、ことなのかな、と考えている。

もやもやを消し去ることが回復の糸口になりそうでもあるけどそんな単純ではなく、複雑だからこうなっているのだと思うが自己本位、これがきっと道なのではないか、なんて思ってて
「自分は何がしたいか」「どうなりたいか」
きっとこれが欠けているんだろな...と個人的な話になってしまいましたが何処か今の20代(自分の世代)にありそうだなとか考えた訳です。
僕だけに限らず、そういう想像はしています。勝手ですが...
もやっとしていますがこれで終わります。
m(__)m